雨の日になると思い出すことがあります

雨が降ると思い出すことがあります。
それは、私が大学生の時のことです。
私は当時部活に所属していて、毎朝練習に参加していました。
家と学校がさほど近くはなく、間に合わせるためにどうしても早起きをする必要がありました。
ところがその日に限って少し寝坊をしてしまったので、ジャージを着て慌てて家を飛び出していったのでした。
ぎりぎり練習に間に合いましたが、練習後ふと傘を忘れたことに気が付きました。
部活のメンバーも、友人も、みんな午後から雨が降るという天気予報の指示どおりに傘を持ってきていました。
私もその天気予報を聞いていたはずなのに、失念していました。
傘なんて些細な問題なのですが、大きなミスをおかしてしまった気分でした。
親切な友人が、一緒に駅まで帰ろうよと言ってくれたので、少し安心して授業を受けました。
その日は五限まであったので、五限が済んでから、別の授業を受けている友人を待っていました。
すると数分経ったときに友人から連絡が入り、その内容には、サークルの用事で帰れなくなったこととその詫びが記されていました。
本降りとはいかないまでの雨だったので、気にならない程度だと思いました。だから、傘をささずに帰ることにしました。
五限終わりの学生の集団に交じってぞろぞろ歩いていると、次第に雨が強くなってきました。
あともう少し、と思って我慢して歩いていたら、ふと頭上に赤い物体が現れました。そして「良かったら入ってください」という声がしました。
その声のほうを見ると、優しそうな女性が赤い傘をさしていました。
「でも、あなたが濡れてしまいますよ」と私が言うと、「かまいませんよ、さ、どうぞ」とその女性が傘に入れてくれました。
彼女の好意に甘えて、最寄り駅までの行路を一緒にたどることとなりました。
その間、特に会話はなかったのですが、おそらく大学生だなと思いました。
それからその女性と別れてから、私は雨でぬれた寒さや不快感なんか吹き飛んでしまって、心の中からじわじわとあたたかいものがあふれ出すのを感じました。

翌日から、大学内で彼女を探すようになりました。お礼を言いそびれていたのを思い出し、どうしても伝えたいと思ったからです。
その雨の日から一か月がたち、二か月がたち、そして一年が経ちました。
時間とともにその雨の日の思い出は薄れつつあったのですが、それでも雨が降ると思い出していました。
転機が訪れたのは、翌年の四月でした。
新しい授業を履修し、初回授業に出るために席についていました。教授もやってきて、説明が始まったとき、勢いよく扉があいて誰かが入ってきました。その人物こそが彼女でした。
私はとてもびっくりして、授業は少し上の空になっていました。
この講義が終わったらお礼を言おうと思いました。
教授が終わりを告げ、片づけが始まったころに私は教室を見渡しました。
彼女はいなくなっていました。早々に教室を出て行ったものと思われます。

それから彼女の姿を見かけることはありませんでした。学部も名前も何も知りません。
私も今久しぶりにこの雨の日のことを思い起こしました。
お礼を言うことはなかったけれど、私にはある目標が出来ました。
私もいつか、誰かに傘をさしてあげられる人間になろうと思いました。
今まで何人の人が傘を、心の傘を私にさしてくれただろうとふと考えたのです。
私がこのご恩を返す方法は、誰かにしてもらったように、私も誰かに傘をさしてあげることだと思いました。
そんなわけで、雨の日は少しドキドキしています。毛穴対策